大判例

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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)2483号 判決

原告

岩垂智久

右訴訟代理人

川泰三

外二名

被告

日の丸自動車株式会社

右訴訟代理人

田中登

外三名

主文

被告は原告に対し、金一一八万三七五三円およびこれに対する昭和四六年四月六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その一を被告の、各負担とする。

この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一  原告

(一)  被告は原告に対し金五一一万八四二二円およびうち金四六五万八四二二円に対する昭和四六年四月六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言

二  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決および原告勝訴の場合には担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  (請求の原因)

(一)  (事故の発生)

原告は次の交通事故によつて傷害を受けた。

1 発生時 昭和四四年一二月一〇日午前八時四五分頃

2 発生地 東京都新宿区市ケ谷三丁目二一番地先路上

3 加害車 営業用普通乗用車(練馬五け一三九六号)

運転者 訴外大久保安雄

4 被害車 営業用普通乗用車(足立五を二二六〇号)

運転者 訴外加藤誠

被害者 原告(被害車の乗客)

5 態様 被害車に加害車が追突したもの

6 傷害の部位・程度

(部位) 外傷性頸部症候群

(通院) 三三ケ月

(後遺症) 後頭部・頸部痛、肩こり、両手の脱力感、筋萎縮感、握力の低下としびれ、眩暈、動悸、耳鳴、言語障害、視力減退、足もとのもつれ等。自賠法施行令二条別表第八級に該当。

(二)  (責任原因)

被告は、本件加害車を所有し、自己の運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、原告の蒙つた損害を賠償しなければならない。

(三)  (損害)

1 治療関係費

金二八万六三五五円

原告は、前記治療および後遺症状に伴ない、既払のほかに、次のような出捐を余儀なくされた。

(1) 治療費    金三万一八〇五円

(2) 通院交通費 金二五万四五五〇円

2 逸失利益

金三九二万九一九七円

原告は、前記後遺症により、次のとおり、将来得られる逸失利益を喪失した。

(年収) 一〇九万九〇〇〇円

(労働能力喪失率) 四五%

(労働能力喪失の存すべき期間)一〇年

(年五分の中間利息控除)ホフマン複式

(年別)計算による。

3 慰藉料

金一七九万四〇〇〇円

原告は、前記の如き治療にも拘らず、動悸、耳鳴りがとれず、視力も回復せず、両手の視力が低下し、しびれ感とれず、後頭部・頸部には時々痛みがあり、時には耐え難いこともあり、また、少し仕事するだけで肩が凝り、首筋が非常に張り、時々発作的に目まいがし、身体が熱くなつたり、冷くなつたり感じや、歩行もできなくなるような後遺症状に悩まされ、日常生活や勤務の上で多大の苦痛を蒙つている。原告は勤めを休めば生活にも困るため、右のような後遺症状にも拘らず勤務を続けているが、勤務中あるいは勤務終了後発作が起り、近くの医院にかけ込んだり、タクシーで帰宅しなければならないことも少くない。これらの諸事情および前記の如き傷害の部位・程度、治療経過等に鑑みると、原告の蒙つた精神的損害を慰藉するには金一七九万四〇〇〇円が相当である。

4 弁護士費用 金六一万円

原告は、被告が任意の弁済に応じないため、弁護士である原告訴訟代理人にその取り立てを委任し、着手金として金一五万円を支払つたほか、事件終了の際に金四六万円を支払う旨約した。

5 損害の填補

原告は、被告の加入する自賠責保険から金一三四万円の支給を受けている。

(四)  (結論)

以上金五二七万九五五二円のうち、原告は金五一一万八四二二円およびそのうち未払の弁護士費用分を除いた金四六五万八四二二円に対する訴状送達の翌日である昭和四六年四月六日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  (請求原因に対する被告の認否)

請求原因(一)の1ないし5の事実および原告が本件事故により受傷したことは認めるが、原告の傷害の部位・程度、後遺症の有無の点については不知。眼科的後遺症状は本件事故と因果関係がない。

同(二)の事実は認める。

同(三)のうち、5の事実は認めるが、その余の事実は不知。原告主張の治療関係損害については、本件事故と相当因果関係にあることは争う。原告の受けた治療は、濃厚治療、過剰治療の疑い大であり、通院に際してタクシー使用の必要性はなかつた。原告の治療のための通院期間は不相当に長期である。また、原告は事故当時と現在では昇給していて実損害は何もない。したがつて逸失利益は認められない。

仮に損害があるとしても他の人に比べて四%程度昇給率が低かつたというのであるから、その限度でのみ認めるべきである。

三  (抗弁)

(一)  原告は自賠責保険から金一三四万円を受領しているが、これは原告の神経症状と眼科的症状とを併せて支給されたものであるが、眼科的症状は本件事故と因果関係がないから、後遺障害補償費として原告が本来受領し得るのは神経症状に対するもののみで、これは自賠法施行令二条別表の第一二級に該当するから金五二万円を限度とするもので、一三四万円と五二万円との差額は他の損害に充当さるべきである。

(二)  被告は、原告に対し前記原告自陳のものの他、本件請求外の損害(治療費、休業損害、コート代)について金四一万二二三五円を、本件請求内の損害賠償内金として金一九万八八四二円を支払つている。

四  (抗弁に対する原告の認否)

抗弁(一)の事実は争う。

同(二)の事実は認める。

第三  証拠〈略〉

理由

一(事故の発生および責任の帰属)

昭和四四年一二月一〇日午前八時四五分頃、東京都新宿区市ケ谷三〇二一先路上において、訴外大久保安雄運転の加害車が訴外加藤誠運転の被害車に追突し、被害車の、乗客である原告が受傷したこと、被告が加害車の運行供用者であることは当事者間に争いがない。

してみると、被告は原告に対し本件事故により原告の蒙つた損害を賠償しなければならない。

二(原告の傷害の部位・程度)

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(1)  原告は本件事故により頸部捻挫(外傷性頸部症候群)の傷害を受け、事故当日千代田区富士見二丁目所在の東京警察病院で治療を受け、その後数日間は自宅で静養しながら昭和四四年一二月一二日から四月二〇日までの間に四回北区赤羽西二丁目所在の恭愛病院に通院して治療を受けた。

(2)  原告は、頸部運動痛、頭痛、頭重感、両肢のしびれ感・知覚異常、眩暈、耳鳴、疲労感を感じていたが、勤務先を休みたくなかつたため、昼休みにでも通院できるところにおいて治療を受けること希望し、右恭愛病院の医師の紹介により同年一二月二四日から北区田端町所在の伏見外科・整形外科クリニックに通院して治療を受けるにいたつた。同クリニックにおける受診回数は昭和四五年九月八日までで八六回であつた。その間、原告は、眩暈や胸部圧迫感等の症状が強く、耐え難い時は、右のほか、勤務先の近所の木口病院および久木田医院において治療を受けていた。その回数は木口病院分が約六〇回、久木田医院が二回である。このほか、視力の減退や複視を感じた原告は、昭和四五年五月から同年一二月にかけて、北区滝野川二丁目所在の滝野川病院において五回程眼科の診療を受けた。

(3)  右のような治療によるも、原告の症状は軽快せず、昭和四五年九月当時においても、原告は両上肢―特に左手―の冷感・しびれ感、耳閉感、頭重感、頭痛、眩暈、頸部緊張感を訴えるほか視力減退、複視を訴えており、視力は矯正視力でも、左・右ともに0.6以下(右0.4、左0.3)となつてしまつた。諸検査の結果によると、原告の脳波には軽度異常があり、また第四頸髄から第三胸髄にかけて知覚異常があり、特に左側は知覚鈍麻と深部反射鈍麻があるほか、レントゲン写真からしても特に異常なく、他覚的所見はない(眼科上もない)。なお、原告の左眼の矯正視力は事故前も0.5であつた。そして、原告は、右時点において症状固定したものと、前記伏見クリニックで診断された。

(4)  原告の右のような後遺症状は昭和四七年八月時に至るも軽快せず、発作的に動悸や眩暈が生じることあるため、右時点以降も勤務先ないし出先の近くの病院で診療を受けることも少くなく、診療を受けた病院も前記伏見クリニック木口病院、久木田医院、東京警察病院のほか、世田谷区太子堂四丁目所在の太子堂内科医院、浦和市北浦和所在の埼玉中央病院、文京区本郷三丁目所在の順天堂医院、渋谷区神南一丁目所在の筋医研紺野治療室、港区西新橋三丁目所在の東京慈恵医大付属病院や東邦医大病院、九段坂病院、虎ノ門病院等に及び、診療を受けた回数も昭和四七年八月中旬頃までで約二八〇回を超える。

(5)  また、原告は本件事故後、夫婦間の生活もできないでいる。

(6)  右後遺症状は、本件事故に起因するものであるが、心因性による面も否定できない。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

そうすると、右原告の後遺症状は神経症状の点で自賠法施行令二条別表の第一二級一二号に、視力の点で同第九級一号に各該当するが、同人には視力の点で同第一三級一号に該当する既存障害があつたこととなる。

ところで、被告は、視力の点の後遺症状は本件事故と因果関係ない旨主張し、原告の視力低下について眼科的には他覚的所見があることを認めることのできる証拠はないが、事故前と比較して原告の視力が低下していることは事実であり、しかも頸部捻挫(外傷性頭部症候群、いわゆるむちうち症)の症状が眼に出現し、視力の低下や目の疲れ、痛み等を訴えることがあることは当裁判所に顕著な事実であつて、これらの事情によれば、他に特段の事由があることを認められない本件では、本件視力の低下は本件事故に起因するものと認めるのが相当である。

三(損害)

(一)  治療関係費  金一〇万二五九五円

〈証拠〉によれば、原告は、前記治療に伴い、被告既払のもののほか、治療費、コルセット代、診断書料等として金三万一八〇五円の支出を余儀なくされたほか、各病院にはタクシーで通院し、そのため金二〇万八一九〇円(そのうち昭和四五年八月初旬までが金七万〇七九〇円)を支出したことが認められ、これに反する証拠はないが、前記したような原告の治療経過およびその間の症状に鑑みると、右支捐のうち、治療費等の全部と昭和四五年八月初旬までのタクシー代金七万〇七九〇円は本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である、これを超えるものは未だ相当性のある損害と認めることができない。

(二)  逸失利益  金一〇〇万円

〈証拠〉によれば、原告は事故当時三四才であつて、従業員約六〇〇名を擁し、婦人服、子供服の製造卸を業とする訴外株式会社花咲に営業係長として勤務し、同社より手取り月当り約金六万三〇〇〇円程度の給与の支払いを受けていたものであるが、前記したような治療や症状にも拘らず、わずか当初一三日間欠勤したのみで、一時は首にコルセットをはめたままで勤務を続けたこと、ただ前記のような通院のため勤務時間に喰い込むことがあつたほか、月に約一〇回程度していた出張はしなくなり、また疲労等のため部下等がやつていても残業も満足にはできなくなつたこと、右のような勤務成績のため、賞与、昇給は他の同僚とくらべ最低のランクにあつたものの、一応昇給もあり、昭和四七年四月当時の原告の月当り手取り給与は約金七万五〇〇〇円となつていたこと、しかし、人込みの中での通勤には疲労し、眩暈等が生じる心配があるため、毎日の通勤の一部の区間は、必ずタクシーを利用しており、また工合が悪い時には、自自宅や勤務先や出先の近くの病院にかけ込んで治療を受ける等しながら勤務を続けていることが認められ、これに反する証拠はない。

以上のように原告は、支給される残業手当や賞与や昇給等の上で事故による影響を受けていることが認められるが、その額が幾許となるかを直接認めることのできる証拠はないばかりか、そのほかに原告が給与取得の上でどのような損害を蒙るのかを直接認めることのできる証拠もない。

しかしながら、日本における一般私企業がいわゆる年功序列制をとつていることは公知の事実であるところ、そのような企業にあつて原告のような職種や地位にあるものが、他の同僚と比較して一時的にしろ低い勤務成績しかあげられない場合には、その昇給や昇格において大きな不利益を受けることは容易に推認できるところであつて、これら事情に鑑みれば、原告に、事故がなければ得られたであろうところの給与収入の点において損害がなかつたとはいえない(なお、原告の一三日間休業の給与損害が弁済されていることは当事者間に争いがない。)。

しかも、原告は前記治療および後遺症状により、労働能力を大きく低下させた状態で稼働しなければならないものと認められるにも拘らず、原告は従前の如き収入を得べく努力しており、そのような本人の努力と勤務先・同僚ないし家族の協力とにより原告は現在の如き収入を得ることができているものと推認されるのであつて、このような本人側の努力は、損害算定の上で十分考慮されるべきである。そうでないと、後遺症に藉口する怠け者には逸失利益を認めるが、従前と同程度の収入を得べく、従前以上の労働力を発揮している者には逸失利益を認めないという不当な結果となる。そもそも後遺障害により労働能力が低下した場合には、その労働能力低下自体が損害なのであつて、現実の収益差はその算定のための一資料となるものではあつても、それのみで評価するのは相当でなく、労働能力低下自体の金銭的評価にあたつては、右のほか後遺症の部位・程度、年令、性別、職種、事故前後の稼働状況等から総合してなすべきものである。そのような観点からすると、原告には後遺障害による労働能力低下が生じていることは否定できないし、また前記した諸事情によると、原告に得べかりし利益の喪失があり、将来もあり得ることも推認できるから、同人にこの点の損害が生じていることは明らかである。そして、右損害については前記したもののほかこの損害の填補を受けていない。しかし、原告に直接生じている残業手当、賞与、昇給の損害にしろ、将来の昇格の面での損害にしろ、あるいは本人側の努力を損害算定の上で斟酌するにしろ、その損害額算定は必ずしも容易ではないが、前記認定の如き、原告の傷害の部位・程度と同人の年令、性別収入ならびに稼働状況とを対比して考えると、原告の稼働能力低下による損害の昭和四六年三月末の現価は、少なくとも金一〇〇万円であると認めるのが相当であり、またこれを超えるものであることを認めることのできる証拠もない。

(三)  慰藉料   金一五〇万円

前記した原告の本件傷害の部位、治療経過、後遺症状の程度、原告の稼働状況、家庭生活上の状況等の諸事情に鑑みると、原告が本件事故により、夫婦生活を含む日常生活の上でも、勤務上でも、多大の精神的損害を受けていることが容易に推認され、原告のこのような精神的損害を慰藉すべき額としては金一五〇万円が相当である。

(四)  損害の填補

原告が本件請求にかかる損害について、既に自賠責保険から金一三四万円の支給を受けたほか、被告から金一九万八八四二円の弁済を受けたことは当事者間に争いがない。

(五)  弁護士費用  金一二万円

弁論の全趣旨によれば、原告は被告が任意の支払いに応じないため、弁護士である本件原告訴訟代理人にその取り立てを委任し、着手金として金一五万円を支払つたほか、事件終了の際に謝金として金四六万円を支払う旨約したことが認められ、これに反する証拠はないが、本件事件の審理の経過、難易度および右認容額に照すと、弁護士費用として本件事故と相当因果関係のあるのは、右のうち金一二万円であつて、これを超えるものを被告に負担させることはできない。

四(結論)

してみると、原告は被告に対し金一一八万三七五三円およびこれに対する本件事故後であつて本訴状送達の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四六年四月六日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め得るので、原告の本訴請求は右限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言については同法一九六条を、各適用し、仮執行の免脱宣言の申立てについては、相当でないので却下することとし、主文のとおり判決する。

(田中康久)

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